生命とは動的な平衡状態にあるシステム

生命現象が絶え間ない分子の交換の上に成り立っていること、つまり動的な分子の平衡状態の上に生物が存在することはすでにルドルフ・シェーンハイマーによって明らかにされている。 植物は、その細胞内にミトコンドリアとともに葉緑体を存在させている。これによって光合成をおこない、存在、生長に必要な炭水化物を合成しているのだが、その葉緑体もミトコンドリア同様、もともとは別の生命体だったものが、より大型の細胞に取り囲まれて共生するに至ったとされている。

日本が太平洋戦争にまさに突入せんとしていたころ、ユダヤ人科学者シェーンハイマーはニューヨークのコロンビア大学に研究者としての職を得た。当時ちょうど手に入れることができたアイソトープ(同位体)を使って、アミノ酸に標識をつけた。そして、これをマウスに三日間、食べさせてみた。アイソトープ標識は分子の行方をトレースするのに好都合な目印となるのである。 アミノ酸はマウスの体内で燃やされてエネルギーとなり、燃えカスは呼気や尿となって速やかに排出されるだろうと彼は予想した。結果は予想を鮮やかに裏切っていた。標識アミノ酸は瞬く間にマウスの全身に散らばり、その半分以上が、脳、筋肉、消化管、肝臓、膵臓、血液などあらゆる臓器や組織を構成するタンパク質の一部となっていたのである。そして三日の間、マウスの体重は増えなかった。 これは一体なにを意味しているのか。マウスの身体を構成していたタンパク質は、三日間のうちに、食事由来のアミノ酸に置き換えられ、その分、身体を構成していたタンパク質は捨てられたということである。

生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、植物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。 だから私たちの身体は分子的な実態としては、数か月前の自分とは全く別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。                                                             < 動的平衡 >  福岡伸一 著